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2019-02-06

【一見さんお断り】 のお店に対する、私的感想のようなもの 〜朗読動画〜

今回朗読するエッセイは「一見さんお断りのお店に対する、私的感想のようなもの」という、
ちょっと長いタイトルのエッセイです。
高級でちゃんとしていて、お店が客を選ぶような特別な場所。
実は、私たちの一番身近な場所こそ、そういう特別な場所なんじゃないかなと
いう思いで書いてみました。

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【一見さんお断り】 のお店に対する、私的感想のようなもの

あなたは「一見さんお断りのお店」に、行ったことがありますか?
わたしはあります。
正確にいうと、お店じゃないんですけど、あります。
そこの料理が、わたしの舌によく合うんですよ。
「一見さんお断りのお店」って、高級なイメージがありますよね。
自分には相応しくないんじゃないか。相手にしてもらえないんじゃないか。そう思ってませんか?
でもね、そんなことないんですよ。
ちゃんとマナーを守って、紳士的な態度で振る舞えば大丈夫。
もちろん、お金は必要ですよ。そのお店に相応しい人間になるよう、ちゃんと働いて経済力を維持しなくてはいけません。

そして、何よりも大切なのが信用です。
なぜ、一見さんお断りなのか、考えたことありますか。
一見さんは、信用出来ないからです。
どんなにお金を持っていて、見た目がよくても、信用がなければ受け入れてもらえません。
相手から信用されて、お互いに信頼関係が生まれて、初めて受け入れてもらえるのです。
信用してもらって、信頼関係が生まれるまでが一番大変なんですが、そこが大事なんだから、諦めずに時間を掛けました。

そりゃあ、敷居は高いですよ。わたしも最初のころ、自分には相応しくないのかなと思ってましたから。
でも、相応しくないと思うのなら、相応しくなろうと、思考を変えてみました。
相応しくなるために仕事に励んで、自分を高める努力をしました。
誰でも入れるファミレスみたいな場所は楽だけど、「楽」ということと「楽しい」ということは少しだけ違う気がします。
高い敷居を越えて、中に入ることができれば、そこは居心地のいい、心休まる空間です。
美味しい料理に、少しのお酒。高級品ではないけれど、座りやすいソファーにお気に入りの家具。温かい笑顔、たわいもない会話。
大人じゃないと入れない場所であり、大人にさせてくれる場所。
子供のころ想像していた場所とはちょっと違ったけど、それもまた良いのです。子供の想像力なんてものは、幼稚で表面的ですから。
わたしは、ここがすっかり気に入ってしまいました。

だからといって、油断してちゃダメですよ。中に入れてもらえたからって、偉そうな態度をとったり、マナーが悪かったり、思いやりや愛情を無くしてしまえば、たちまち追い出されてしまいます。一度入れたからといって、いつでも入れると思ったら大間違い。緊張感は必要なんです。
こちらが相手を選ぶだけではなく、相手もこちらを選んでいるのです。
相応しくない立ち居振る舞いをしたら、その場所にいることは許されません。
何度も言いますが、信用がいちばん大切なんです。

楽しい時間、心休まる空間というのは、お互いに協力して作りあげるもの。
結婚して自分の家庭を持ち、中に入ることを許された時、そこは特別な場所になりました。
それは敷居の高い、一見さんお断りのお店のように。
家庭が”一見さんお断りのお店”で、妻が”入店を判断する女将”というのは、わたしだけが思っていることです。

子供にとって家庭とは、ファーストフード店のようなものでしょう。
生まれた時から無条件に入ることを許されているし、家庭を維持する責任もない。
信用もいらない。マナーが悪くても、親から怒られることはあるが、家から追い出される心配はない。
だけど、わたしにとって家庭は、一見さんお断りのお店のようなもの。そして妻は、そこの女将。
笑顔で迎え入れてくれて、食事を作ってくれているが、常に品定めされている。
この人は自分に相応しい男であるのか、信用できるのか。経済力はあるのか、立ち居振る舞いは適切か。
相応しくないと判断されたなら、わたしは入店お断り。行き場を失うでしょう。そういう緊張感を密かに抱えています。

こんなことを他人に言ったら、変に思われるでしょう。
「外で仕事して帰ってきてるんだから、せめて家ではくつろがせてくれよ」
「妻を信用してないのか」
「そんな風に考えてたら、緊張しっぱなしで疲れるだろう」
たしかに、そういう意見もあるでしょう。
自分の家なんだから、ファーストフード店の気軽さが必要なんじゃないのか。
お金なんかなくても、受け入れてくれるのが家族というものだ。
これは、あくまでもわたしの個人的な感覚なんですが、家に帰り、妻が笑顔で迎えてくれて、作ってくれた料理に愛情を感じたとき、じぶんは彼女に相応しい男として認められてるんだなと思い、いつもホッとするんです。

人によって、自分だけの”一見さんお断りのお店”があり、”入店を判断する女将”がいると思います。
例えばそれは、友人や恋人であったり、学校や職場かもしれない。近所のカフェや公園であったり、愛車や電化製品だという人もいるでしょう。書店や店員さんであったり、本や雑誌かもしれない。
たぶん、人は密かに自分がそこにいることが相応しいのかどうか不安を感じる場所を持っていて、それを判断する人がいるような気がするんです。
そこにいても大丈夫な人になれるよう、ちょっとだけ頑張ったり、ちゃんと信用してもらえるように心がけたり。
稼がなければ、役に立たなければと、奮い立たせてくれる物や人。
そういう場所や人を持ってることが、人生を楽しむことのような気がしています。





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