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2019-01-13

壊れた蛇口 エッセイ朗読動画 〜成人の日〜

明日は成人の日ということで、親の愛情というか気持ちのようなものを朗読しています。
子供への親の愛情というか気持ちのようなものについて、子供たちに向けて書いたエッセイです。

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【壊れた蛇口】
「宿題終わった?」「お茶碗は、ちゃんと手に持って食べなさい!」
「早く寝なさい!」「なんで喧嘩したんだ!」
「こんな遅くまで、どこで遊んでたんだ!」
「将来のこと、ちゃんと考えてるの!」
親の小言というのは尽きることがない。とめどなく、ダラダラと永遠に流れ続けるものである。
親の小言ほど子供にとって迷惑なものはないですよね。
毎日毎日繰り返される小言のシャワーを浴び続ける子供の立場からしたら、たまったものではありません。
小言というのは、子供のことを思う親の愛情が言葉になって口から出たものなのですが、子供からしたら余計なお世話ですよね。
親の愛情というのは子供にとっては、ただただ面倒なものなのです。
それはわたしも数十年前に経験しているから分かっているのです。
ですが、自分が親になってしまうと、どうしても言いたくなってしまう。
やることなすこと危なっかしく、いい加減で、不真面目で、おっちょこちょいで、遅くて、どこか抜けてるから、どうしても黙っていられない。こればかりはどうしようもない。
これを愛情というのなら、愛情というのは子供にとって、なんと迷惑なものでしょう。
それも、適量であれば子供だって受け入れることができるのに、適切な量というものがなく、ずっとずっと続くのだから子供にとっては大変です。
これは壊れた蛇口だと思ってください。
とめどなく永遠に溢れだす。 愛情の垂れ流しなんです。
親は勝手に愛情を垂れ流してるだけですから、子供の皆さんは、それを全部受け止める必要はないのです。 受け止めてるように見せかけて、てきとうに聞いてるふりをしながら、ほとんど排水口に流してくれたら、それでいい。
せっかくの愛情を排水口に流しちゃうなんて、もったいないとか申し訳ないとか考える必要はまったくありません。
だって愛情の蛇口は壊れていて、いつまでもどんどん出てきて止まらないんだから、全部受け止めることは無理だし、そんなことしてたら重たすぎるし、面倒でしょう。
壊れているのだから、気にしなくで大丈夫なんです。
壊れた蛇口を修理をしようとしても、治ることはありません。もう諦めるしかないのです。子供が反抗期を迎えようが成人して大人になろうが結婚しようが関係ありません。壊れた蛇口からはずっとずっと愛情が流れ続けるのです。
小さい頃、子供は全部受け止めようとするから辛くなる。そんな親の愛情がだんだん重たくなってきて、もう受け止められなくなってしまって、全部ばしゃんと捨ててしまいたくなるのが反抗期。
そして反抗期をすぎる頃になると、自分の親の愛情の蛇口は壊れてしまってるから止まらないんだなということに気づく。そのことに気づいた子供は、親の小言を受け流す術を学ぶ。そうやって、子供は大人へと成長していく。
子供にしてみたら、なぜこんなに垂れ流し続けるのか理解できませんよね。
だって子供の皆さんの、愛情の蛇口は壊れてませんから。
あなたの親だって、むかしは愛情の蛇口は壊れていなかったんですよ。
恋人や親友、自分を愛してくれる人にだけ愛情を注いでいたのです。
相手がどのくらい愛情を与えてくれたのか計測して、同じぐらいの愛情を相手にも与える。与える量は自分でちゃんと調整できるし、一方的にいつまでもダラダラと与えすぎるなんてことはなかった。ちゃんと、もらった分だけの愛情を返す。自分に愛情を与えてくれない人に対しては、こちらからも愛情を与えることはなく、愛情の蛇口はしっかりと閉じたまま。蛇口はまったく壊れていません。
あなたが生まれたとき、愛情の蛇口が壊れたのです。
そして、愛情を垂れ流し続けるようになった。
そうやって水が高いところから低いところへ流れるように、愛情も親から子へ一方的に流れていく。与える量は調整できなくなり、次から次へと溢れだす。子供が親に愛情を返してくれなくても、そんなことは関係ない。子供は愛情を返してくれるどころか、ただ迷惑なだけなんだけど、それでも止めることができない。
壊れた蛇口が人生を終えたとき、流れ続けていた愛情は止まります。
そして、あのダラダラと流れていた水音が懐かしくなる日が、いつか来るのでしょう。
だから親が元気なうちは、壊れた蛇口から流れ続ける小言という愛情の水音を楽しんでくださいね。





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