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2017-03-25

社会的つながりの力


社会的ネットワーク

まず思いつくのは、昔からの友人たちです。部活の仲間やクラスメートなど、属していたコミュニティーはバラバラですが、今も繋がっています。
時間が経ってもネットワークが切れない人たちには共通点があります。これ、最近気づいたんですけどね。それは、「一緒に大変なことを経験した人たち」です。楽しい経験しかない人たちって、その時だけの繋がりなんですよ。一緒にいるときは楽しいけど、楽しい時間が終われば関係も終わる。今も関係が続いている人たちの共通点って、むちゃくちゃ大変な経験を共有してるんです。部活で必死に練習したチームメイトだったり、睡眠時間を削ってフラフラになりながら国家試験を乗り切ったクラスメートとか。みなさんも、同じじゃないですか?
これって、なんでだろうって考えてみたんですね。たぶん、人との繋がりって大変な時に強まるんだと思うんです。そうやって強くなった繋がりは、なかなか切れません。普段は離れていて頻繁に連絡を取らなくても、ネットワークはあります。しかし、楽しいだけの関係や、打算的な繋がりは会わなくなればそれで終わり。
そう考えると、自分が社会的なネットワークを強めたいなと思うコミュニティーとは、積極的に大変な経験を行なえばいいのかもしれませんね。

3つのポイント

さいきん読んだ本田直之さんのネットの記事で、ヒントになるようなことを語られていたのでシェアします。

その1 社会的ネットワークが、あなたの、さまざまな情報源になる

”みんな色んなことができるのに気付いていない”
”ライフスタイルのオプションをたくさん持っていないとやっぱり選べない”
”物質至上主義よりも精神的なものを追い求める時代になってきているわけだし、そこをまた知らないと。”
”人が来ないからこそ、結果的に守られている”

その2 社会的ネットワークの人たちの動きが、あなたの無意識に働きかける

”「あの人がやっていることなら自分でもできるな」と思うのは大事”
”やる奴はやるし、やらない奴はやらない”
”テクノロジーを使いこなせばできるのに、何でやらないのと思う”

その3 社会的ネットワークの人たちとの協業が、あなたの問題解決になる

”今までやってきたことではなくて、今自分がやっていることや感じていることを発信しているだけ”
”それは、まだ日本人が気付いていないこと”
”実験と思って色々やってみる。うまくいかなかったら変えればいい話。あんまりこだわる必要はないし、正解もない。”

この記事を読むと納得

情報発信ていうのは、自分の過去の実績や肩書きじゃなくて、「今やってること」を発信すればいい。誰かに憧れるんじゃなくて、その人が出来るんだから自分も出来ると思って行動すること。いろんな人や場所にふれて、人生のオプションをたくさん持っていないと選べない。まさに、今日の3つのポイントと同じだなと感じました。

返報性の法則で、心がけていることは笑顔

こちらが笑顔で話しかければ、相手も笑顔で答えてくれます。親しい人でも、まったくの他人でも同じです。機嫌がいい人も、悪い人も同じ。
文章にも機嫌は現れるので、メールのやり取りなどは機嫌のいい文章を送るようにしています。そうすれば、相手も機嫌のいい文章で返してくれるからです。
機嫌が悪い時や疲れている時でも笑顔を心かげるというと、なんだか自分を偽ってるように思われるかもしれませんが、わたしはそうは思いません。少しぐらい機嫌が悪かろうが、疲れていようが笑顔ぐらい作れます。それで相手に与える印象が良くなるのなら作るべきだと思うからです。
飲食店で注文を聞く時や会計をする時に無表情な店員さん、たまにいますよね。そういう店員さんの対応をされると、こちらは不愉快な気分になります。
だから、笑顔は作るものだと思うのです。

家族といる時も同じ

挨拶ぐらいは笑顔でするようにしてます。笑顔で「ただいま」と言えば、笑顔で「おかえり」と返してくれます。

見かけがきれいだと得をする

見かけがきれいな人が得をしているなということは、小学生ぐらいから感じていました。クラスの人気者とかリーダー的存在というのは、見かけがきれいな人でしたから。
子供の頃、鏡に映ったじぶんの顔を見ながら、もっと目がパッチしてたなら、もっと鼻が高かったなら、人生は全く違っていたのかもしれない。目や鼻とか、顔のパーツで人の価値が決まるなんて、人生が左右されるなんて、世の中間違っている!
などと、鏡に映ったじぶんと語り合い、慰めあった遠ーい昔を思い出しました。
子供って、見かけをとても気にしますよね。だから子供に対して顔のことをいうのはタブーです。顔が大きいとか、だんご鼻だとか、少しでも顔の特徴を指摘しただけで、子供の顔は引きつります。それほど、子供にとって顔って重要なんですよね。
それが、大人になるにつれてそれほど気にならなくなる。もちろん、全く気にならない訳ではないけど、子供の頃ほど気にしない。

なぜだろう

成長すると、見た目の他にも価値があるものが増えてくるからです。スポーツが出来るとか勉強が出来る。歌が上手いとか絵が上手。
大人になれば、人に対する気遣いや言葉使い、所作・立ち居振る舞い、表情などなど。
顔のパーツ以外にも、じぶんの価値を上げたり下げたりするものがあるんだということに気づきます。顔のパーツで勝負できないなら、他の部分の価値を上げて、相手に心地いい人と思ってもらえるようにしたいですね。

インフォーマルなコミュニティ

これって、男性よりも女性の方がたくさんありますよね。学生時代、女子のグループって複雑怪奇でした。同じグループに見えて、実は内部に小さなグループがいくつも存在していて、暗黙の上下関係が存在していたり。
大人になっても、職場や近所の奥さんという大きなグループの中に小さなグループがあり、ハブ的存在の人を介して情報交換が行われていたりしますよね。
私が学生のころ、修学旅行の実行委員だったので部屋割をしました。男の部屋割は、私が勝手に決めてそれで終わり。友達と同じ部屋になろうがなるまいが、部屋割に文句を言う人はいませんでした。

女子は大変

女子の実行委員が部屋割をしたのですが、ものすごい緊張感が漂ってました。5人の仲良しグループがあり、4人部屋からはじかれる一人が誰になるのか。外部から見れば、どうでもいいことでも、そのコミュニティにとっては重要な問題なんですよね。結局、後味の悪ーい部屋割になってました。
自分が入りたいと思う、インフォーマルなコミュニティに入れるようにするには、人間力を付けるしかないと思ってます。そうすれば、能動的に属するコミュニティを選べるようになりますからね。4人部屋からはじかれない人になるより、どの部屋に入っても相手の象さんを気持ちよくさせられるようになりたいです。

ハブの役割

以前のわたしは、ハブの役割を担おうなんて、思ったこともありませんでした。
職場、ご近所、旧友、趣味など、色んなコミュニティに属していますが、それぞれ別のものだと思っていました。
そして、人を紹介するということが苦手でした。苦手というか、紹介されても迷惑なんじゃないかと考えていたんですね。
分かりやすく言うと、自分に自信がなかった。
自分の知り合いを紹介しても、誰も興味ないだろう。わたしが属してるコミュニティを知りたい人はいないだろう。そんな風に考えていました。
色んなコミュニティに属して活動することは、とても大切なことなんだ。自分の行動は間違っていない、積極的に行動すれば必ずみんなの役にたてる。そんなマインドチェンジを行ってからは、意識的にハブの役割を担うようになりました。
コミュニティを繋げることで、大きな力が生まれます。その大きな力を生み出すために、今年は更にハブの役割を担おうと思ってます。

まとめ

社会は繋がっているということ。
じぶんだけが幸せで、周りの人は不幸な状況というのは、一時的でしかない。そして周りが幸せであれば、じぶんも繋がっているんだから幸せになれる。
日本だけが豊かで幸せであれば好いという発想では、もう通用しない。周りの国も豊かになり、みんなが幸せになる仕組みを考える必要がある。
もっとも小さなコミュニティである、家族でも同じこと。
家族って遠慮がないので、相手の行動に対しても遠慮なく批判してしまう。それを言うことで、中長期的な相手の幸せにつながらないことでも、つい言ってしまう。言われた相手は、たとえ家族であっても不快な感情になる。不快な感情をもたらす人とは、長い間一緒にいたいと思わないし、相手が困っていても助けようと思わない。
近くの相手でも、遠く離れた国の人々でも、
「じぶんは相手の幸せのために、どんな貢献が出来るのか」
ちゃんと考えて行動していこうと思います。

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