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2016-12-19

映画「この世界の片隅に」は泣けない映画だった


感動して泣けるかどうかで判断する人は多いだろう

この映画は泣ける映画ではない。映画館は満席だった。暗かったので、はっきりは分からないが泣いている人は少なかったと思う。わたしも泣かなかった。だから、この映画は泣ける映画ではない。

この映画は良い映画が悪い映画かというと、大変良い映画だ

心の奥に深く、たぶん一生残るであろう名作です。今までにみた戦争映画の中でもトップじゃないかというぐらい素晴らしい映画です。
それでも、泣けないのはなぜだろうと考えてみました。
それは、この映画を作った人達が、観客を泣かせることを目的にしてこの映画を作っていないからでしょう。感動を求めていないのです。涙を求めてもいないのです。
では、なにを求めてこの映画は作られたのでしょうか。

それは、「怒り」だと思う

主人公のすずは、ちょっとヌケたところがあるが、純粋で、絵がじょうずで、現実と夢の世界を行ったり来たりしている女の子です。
すずは幸せな人生を生きることができるはずです。みんなに愛され暮せるはずなのです。
しかし、時代が戦争がすずの人生を徐々に占領していきます。苦難が襲いかかってきます。
それでもすずは、楽しく、おかしく、やっぱりちょっとヌケたところがあるまま、生きていこうとしています。食べるものがなくても、頭にハゲが出来ても、右手を失って絵が描けなくなっても、のほほんと生き抜こうとしています。
そんなすずの姿を、映画で見ている私たちがいます。私たちは映画館の座席に座って、その様子を眺めています。そして、徐々に怒りがこみ上げてきます。
なぜ、この子がこんな苦難に耐えなければならないのか。誰が、なんの権利があって、この子の幸せを奪うのか。
わたしたちは、国家や歴史や戦争や時代とかいう、抗うことのできない何かを受け入れながら生きていくしかありません。戦争や震災で多くの人が犠牲になり、苦難に耐えています。それでも生きていくしかありません。

そしてラストシーン

最後まですずは、すずのままでした。心優しい人たちに囲まれて、笑いながら、愛されながら、この映画はラストを迎えます。どんなに辛い環境であっても、さいごは笑っているのです。
前を向いて生きていくすずの姿を見ていたら、いつのまにか怒りはなくなりました。
時代や政治や周りの環境のせいにするのではなく、しっかりと今日1日をいきていこうと思わせてくれる、そんな映画でした。

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