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2016-12-01

学ぶ楽しさより 考える楽しさ


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小さい頃から私たちはたくさんの知識を学んできました。

学校では机に座り、教科書に書いてあることを学びました。社会人になってからは、いろんな種類の本を読み、人に教えを請い、テレビやインターネットを使って、大量の情報を知識として、毎日毎日取り込み続けています。

知識って、そんなに必要なものなのでしょうか?

そもそも知識って、なんなんのでしょう。

例えば、アメリカの次期大統領がトランプさんになったことを知っていることは知識でしょうか。人間は酸素を吸って二酸化炭素を排出して生きていることを知っていることは知識でしょうか。そういう、いろんなことを知っている人と知らない人の違いはなんでしょう。知っていることで得をするのでしょうか。それとも、知っていることが多いと人生が豊かになり幸せに暮らせるのでしょうか。

わたしは、そうは思いません。

知識はそれほど必要ないと思っています。むしろ知識が邪魔になることさえあります。知識がなければ、私たちは自分で考えることができるからです。

アメリカの次期大統領を知らなくても、人間が酸素を吸って二酸化炭素を排出していることを知らなくても生きていけます。そのことを知っていることで得することや幸せなことは特に思いつきません。

私たちの頭の中には知識が多すぎるのではないかと思うのです。
 もう少し知識の量を減らして、頭に空白の部分をつくり「考えるスペースと時間」をつくってみてはどうでしょう。

知識を詰め込むのではなく、考える。
考えて、想像をするんです。

もし、自分がアメリカの大統領になったらなにをするだろう。どんな政策をやってみたいだろう。日本人のことをどう思うだろう。どんなことを要求するだろう。戦争してみたいと思うだろうか。核兵器を使ってみたいと思うだろうか。そのとき、自分は日本国籍だからアメリカ大統領になれないとかいう、余計な知識は邪魔になるだけです。

人間が呼吸をしなくてもいいのなら、どんなに速く走っても、どんなに遠くまで走っても、なんともないのかもしれない。もし、そうなったら車やバイクは必要なくなり、人は全力で走って移動するようになるかもしれない。水の中に住む人も現れるだろう。水の中の土地は誰のものなんだろう。自由に住んでも怒られないのだろうか。海に家を建てるなら、どんな家がいいだろう。

 そういうことを考える時間の方が知識を詰め込んでいる時間より楽しいと思いませんか。
頭の中を知識で埋めてしまうより、考えるスペースと時間があった方が、人生は楽しくて豊かになるのではないでしょうか。

そんなことを考えたので、ここに書いてみました。
最後まで読んでくれて、ありがとうございます。

この文章を読んでも、なんの知識にもならないけど、なにかを考えるきっかけになれたなら、考える時間を提供できたなら、それはそれでお役にたてたのではないかと、嬉しく思います。

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